スポーツの国際大会やニュースなどでインドネシアの国歌を耳にし、その力強いメロディーに心惹かれたという方は多いのではないでしょうか。
あるいは現地でのビジネスや旅行を控え、インドネシア国歌である「Indonesia Raya」の歌詞やカタカナでの読み方、そして和訳としての意味を調べている方もいるかもしれません。
実はこの曲には通常歌われる1番だけでなく、3番まで歌詞が存在することや、作曲者の数奇な歴史については意外と知られていません。
さらに現地では法律によって演奏時のマナーや禁止事項が厳格に定められており、知らないとトラブルになる可能性すらあります。
この記事では、歌詞の深い意味から知っておくべきルールまでを詳しく紐解いていきます。
- インドネシア国歌の1番から3番までの歌詞と日本語訳の意味
- 作曲者W.R.スプラトマンの生涯と楽曲が生まれた歴史的背景
- 法律で定められた正しい起立の姿勢ややってはいけないタブー
- 2025年のデモや日常生活における国歌の現代的な扱われ方
インドネシア国歌の歌詞と歴史

インドネシアという国家が歩んできた道のりは、そのまま国歌である「Indonesia Raya(インドネシア・ラヤ)」の歴史と重なります。
ここでは、私たちが普段耳にするメロディに込められた言葉の意味や、その成立背景にあるドラマについて掘り下げていきましょう。
歌詞のカタカナと読み方
まず、最も基本となる第1スタンザ(1番)の歌詞について見ていきます。
インドネシア語はローマ字読みで比較的通じやすい言語ですが、国歌として歌う際は特有のリズムやアクセントがあります。
以下に、一般的に歌唱される第1スタンザの歌詞と、歌いやすいカタカナの読み方を併記します。
Indonesia Raya / インドネシア・ラヤ(偉大なるインドネシア)
- Indonesia tanah airku
(インドネシア タナ アイルク) - Tanah tumpah darahku
(タナ トゥンパ ダラク) - Di sanalah aku berdiri
(ディ サナラ アク ブルディリ) - Jadi pandu ibuku
(ジャディ パンドゥ イブク) - Indonesia kebangsaanku
(インドネシア クバンサアンク) - Bangsa dan tanah airku
(バンサ ダン タナ アイルク) - Marilah kita berseru
(マリラ キタ ブルスル) - “Indonesia bersatu”
(インドネシア ブルサトゥ)
(以下、サビ前)
- Hiduplah tanahku, hiduplah negeriku
(ヒドゥプラ タナク、ヒドゥプラ ネグリク) - Bangsaku, rakyatku, semuanya
(バンサク、ラクヤットク、スムアニャ) - Bangunlah jiwanya, bangunlah badannya
(バングンラ ジワニャ、バングンラ バダンニャ) - Untuk Indonesia Raya
(ウントゥック インドネシア ラヤ)
(リフレイン)
- Indonesia Raya, Merdeka, Merdeka
(インドネシア ラヤ、ムルデカ、ムルデカ) - Tanahku, negeriku yang kucinta
(タナク、ネグリク ヤン クチンタ) - Indonesia Raya, Merdeka, Merdeka
(インドネシア ラヤ、ムルデカ、ムルデカ) - Hiduplah Indonesia Raya
(ヒドゥプラ インドネシア ラヤ)
テンポは「Di Marcia(行進曲風に)」と指定されており、力強く、一語一語をはっきりと発音するのがポイントと言えますね。
和訳や日本語訳の意味
歌詞の意味を深く理解することは、インドネシア人の精神性を知る手がかりになります。
単なる翻訳ではなく、言葉の裏にあるニュアンスを含めて解釈してみましょう。
冒頭の「Tanah Air(タナ・アイル)」は直訳すると「土と水」ですが、これは島国であるインドネシアにおいて「祖国」を指す非常に詩的な表現です。
「私の血が注がれた地」という表現からは、この土地が単なる居住地ではなく、命を懸けて守るべき場所であるという決意が読み取れます。
特に注目したいのは、サビ前の「Bangunlah jiwanya, bangunlah badannya(その魂を目覚めさせよ、その身体を目覚めさせよ)」というフレーズです。
身体(インフラや経済などの物質的な国づくり)よりも先に、魂(精神的な独立やアイデンティティ)の構築を優先させている点に、建国当時の指導者たちの哲学が表れていると私は考えます。
リフレインで繰り返される「Merdeka(ムルデカ)」は「独立」や「自由」を意味します。
かつてオランダや日本の統治下にあった時代、この言葉を公の場で叫ぶことは命がけの行為でした。
この叫びこそが、国歌の核となっているのです。
3番まである歌詞の秘密
実は「Indonesia Raya」には、普段歌われることのない2番(第2スタンザ)と3番(第3スタンザ)が存在します。
これは意外と知られていない事実ではないでしょうか。
それぞれのスタンザには、異なるテーマが込められています。
- 第1スタンザ:宣言と団結
私たちがよく知るパートです。「インドネシアは一つだ!」と叫び、国家としての統合を宣言しています。 - 第2スタンザ:祈りと愛
ここではトーンが変わり、「Marilah kita mendoa(さあ、共に祈ろう)」と歌います。豊かな自然資源や高貴な精神性への感謝が綴られており、内面的な静けさを感じさせます。 - 第3スタンザ:誓いと守護
最終章では「Marilah kita berjanji(さあ、共に誓おう)」となり、祖国を永遠に守り抜くという未来への約束が歌われます。「Tanah yang suci(神聖なる地)」という表現が登場し、国土を神格化している点も興味深いです。
2017年には当時の教育文化大臣が、学校教育で3番まで歌うことを推奨しましたが、全曲通すと4分近くかかるため、日常的な儀式では依然として1番のみが歌われることが一般的です。
しかし、3番まで通して聴くことで、この曲が持つ「過去・現在・未来」という壮大なストーリーが初めて完結すると言えます。
作曲者と歴史の真実
この壮大な国歌を作曲したのは、W.R.スプラトマン(Wage Rudolf Supratman)という人物です。
彼の人生を知ると、国歌の聴こえ方が少し変わってくるかもしれません。
彼は「国歌の父」として厳格なイメージを持たれがちですが、実は若い頃はジャズ・ミュージシャンとして活動していました。
姉の夫であるオランダ人からバイオリンを学び、「Black & White Jazz Band」というバンドを結成してパーティーなどで演奏していたという記録があります。
この音楽的背景が、「Indonesia Raya」の持つ、行進曲でありながらどこか叙情的なメロディーラインに影響を与えていると推測できます。
この曲が歴史の表舞台に登場したのは、1928年10月28日の「第2回青年会議」です。
当時、オランダ植民地政府の監視は厳しく、「独立」という言葉を含む歌詞を歌うことは危険すぎると判断されました。
そのため、スプラトマンはバイオリンのインストゥルメンタルとしてこの曲を初披露しました。
歌詞がなくとも、その旋律は会場の青年たちの心を震わせ、独立運動のアンセムとなったのです。
その後、彼はオランダ当局の監視と病魔に苦しみながら、独立の日を見ることなく1938年に35歳の若さで亡くなりました。
彼の早すぎる死は、この曲に「悲劇の英雄」という物語を与えています。
楽譜や音源情報
現在、オリンピックなどの公式行事で使用されている「Indonesia Raya」は、非常に洗練されたオーケストラ編曲が施されています。
この編曲の基礎を作ったのは、実はオランダ人の音楽家Jozef Cleber(ヨゼフ・クレベール)です。
独立後の1950年代、スカルノ大統領は国歌の演奏スタイルがバラバラであることを憂慮し、Cleberに「オランダの国歌のような威厳と、フランスの国歌のような革命的熱狂を併せ持ち、かつインドネシアの魂を感じさせるもの」という難題を依頼しました。
数回の書き直しを経て完成したのが、現在のシンフォニックなバージョンです。
音源を探している方は、Addie MS指揮によるTwilite Orchestraの演奏を確認することをおすすめします。
これが現代におけるスタンダードな音源とされています。
Indonesia Raya, WR Supratman – Addie MS & Twilite Orchestra:
インドネシア国歌のマナーと法律

国歌は単なる歌ではなく、インドネシアにおいては「国家の象徴」として法律で守られています。
ビジネスや観光で訪れる際、知らなかったでは済まされない厳格なルールが存在します。
正しい姿勢と手の位置
スポーツの国際試合などで、インドネシアの選手が右手を左胸に当てて歌う姿を見たことがあるかもしれません。
しかし、法的な観点から言うと、この「胸に手を当てる」スタイルは議論の対象となっています。
2009年法律第24号では、国歌演奏時の姿勢について「敬意を表して直立しなければならない(berdiri tegak dengan sikap hormat)」と定めています。
公式な解釈としては、両腕を体側にまっすぐ下ろし、気をつけの姿勢をとる「Sikap Sempurna」が正しいとされています。
「胸に手を当てる」動作はアメリカなどの影響を受けたスタイルであり、インドネシア本来のマナーではないという指摘が元大臣からなされたこともあります。
したがって、私たち外国人が公式の場や式典に参加する場合は、「直立不動で両手を体側に付け、視線を前方に向ける」のが最も無難で間違いのない振る舞いと言えるでしょう。
法律に基づくマナー
インドネシアでは、国旗・言語・国章・国歌に関する包括的な法律(UU No. 24 Tahun 2009)が存在し、国歌の使用義務や禁止事項が明確に条文化されています。
例えば、大統領が出席する公式行事や国旗掲揚式では必ず国歌を演奏・歌唱する義務があります。
一方で、私たち一般の旅行者や滞在者が特に意識すべきなのは、その場に居合わせた際の振る舞いです。
国歌が聞こえてきたら、作業を中断して起立し、静かに敬意を払うことが求められます。
これは法的義務であると同時に、ホスト国への最低限のリスペクトでもあります。
国歌斉唱の意味を解説!独唱との違いや義務・拒否の理由とは
国歌を歌うことの法的義務や、斉唱と独唱の違いについてより詳しく知りたい方はこちら。
日本と世界の事例を交えて解説しています。
注意すべきタブー行為
法律には重い罰則規定も存在します。
特にSNSでの発信が日常化した現代において注意が必要なのは、国歌の改変や不適切な使用です。
同法では、以下のような行為を明確に禁じています。
- 侮辱する意図を持って歌詞や曲調を改変すること
- 商業目的(広告など)で国歌を使用すること
これらに違反した場合、最大で5年の禁錮または5億ルピア(約数百万円)の罰金が科される可能性があります。
実際に、面白半分で国歌をリミックスしたり、ふざけた動画のBGMとして使用したりして逮捕・捜査されるケースが過去に発生しています。
「知らなかった」では済まされない重大な犯罪行為とみなされるため、国歌をコンテンツとして扱う際は細心の注意が必要です。
※ここでの情報は一般的な概要です。
法的な詳細や最新の運用については、必ず現地の公式情報や専門家にご確認ください。
独立記念日と現代の受容
最後に、現代のインドネシア社会において国歌がどのように受け入れられているかを見てみましょう。
毎年8月17日の独立記念日には、国中で「Indonesia Raya」が響き渡ります。
しかし、それは単なるお祝いの歌にとどまりません。
2025年に発生した大規模な抗議デモの際、参加した学生や市民たちは、政府への抗議の意思を示すために国歌を高らかに合唱しました。
彼らにとって国歌は、権力者に従うための歌ではなく、「我々こそが国家の主権者である」ということを主張する抵抗のシンボルとしても機能しているのです。
また、一部の公共交通機関では毎朝決まった時間に国歌を放送し、乗客に起立を求める取り組みも行われています。
このように、「Indonesia Raya」は過去の遺物ではなく、現代社会の政治や生活の中で、常に新しい意味を帯びながら生き続けている歌だと言えますね。
インドネシア国歌のまとめ

インドネシア国歌「Indonesia Raya」は、1万7000以上の島々と多様な民族を一つにまとめるための強力な接着剤のような役割を果たしてきました。
3番まである歌詞に込められた祈りや誓い、ジャズマンだった作曲者の数奇な運命、そして法律で守られた厳格な威厳。
これらを知った上で聴く国歌は、以前とは全く違った響きを持って感じられるはずです。
もし現地でこの曲を耳にする機会があれば、ぜひ直立して敬意を表し、その背景にある歴史に思いを馳せてみてください。




