タイ国歌で逮捕?歌詞の意味や8時のルールとマナーを解説

タイ国歌で逮捕?歌詞の意味や8時のルールとマナーを解説
記事内に広告が含まれています。

タイを旅行中に朝8時や夕方6時になると、突然、スピーカーから音楽が流れ、周囲の人が立ち止まる光景に出くわしたことはないでしょうか。

これはタイ国歌が流れている時間であり、外国人であっても適切なマナーを守ることが求められます。

もし動いてしまったら逮捕されるのか、法律で決まっているのかどうかなど、不安に思う方も多いはずです。

また、独特のメロディーの歌詞や意味を知ることで、タイという国の文化や歴史への理解が深まります。

映画館で流れる曲との違いも含め、私の経験と調査をもとに詳しく解説していきます。

この記事を読むと分かること
  • 1日2回の国歌斉唱時に求められる具体的な行動とマナー
  • 起立しなかった場合に法的処罰を受ける可能性の有無
  • タイ国歌の歌詞が持つ意味とカタカナでの読み方
  • 映画館で流れる国王賛歌と国歌の明確な区別
スポンサーリンク

逮捕される?タイ国歌のルールとマナー

逮捕される?タイ国歌のルールとマナー

タイという国において、国歌は単なる音楽以上の意味を持っています。

ここでは、旅行者や在住者が日常生活で遭遇する「国歌が流れるタイミング」での具体的な振る舞いや、気になる法的リスクについて、実際の運用状況を交えて解説します。

朝8時と夕方6時の正しい行動

タイの公共の場所では、毎日、朝8時と夕方6時の計2回、テレビやラジオ、そして駅や公園のスピーカーからタイ国歌が放送されます。

この際、最も基本的なルールは「直立不動の姿勢をとる」ということです。

具体的には、歩いている場合は足を止めて「気を付け」の姿勢で曲が終わるまで待ちます。

おしゃべりをやめ、スマートフォンを操作する手も止めるのがマナーです。

特にBTS(スカイトレイン)やMRT(地下鉄)の駅構内、チャトゥチャック・ウィークエンド・マーケットのような公共の場では、多くの人が一斉に立ち止まるため、このルールを知らないと自分だけが動いているという非常に目立つ状況になってしまいます。

ただし、例外もあります。

走行中の車やバイク、バスの中にいる場合は停止する必要はありません。

安全が最優先されるためです。

また、レストランで食事中の場合も、わざわざ立って食事を中断することまでは求められないケースが一般的だと言えます。

あくまで「歩行中や活動中の動作を一時停止する」という敬意の表現が求められていると解釈できます。

直立しないとどうなるのか

もし国歌が流れている最中に立ち止まらずに歩き続けたり、座ったままでいたりするとどうなるのでしょうか。

まず、間違いなく言えるのは、周囲のタイ人から冷ややかな視線を浴びるということです。

タイの人々にとって国歌への敬意は、国家や王室、そして先人たちへの感謝を表す大切な習慣です。

そのため、これを無視する行為は「マナー違反」や「無教養」と受け取られかねません。

特に保守的な地域や年配の方が多い場所では、直接注意を受ける可能性もあります。

私たちが日本で国歌が流れる際にどのような行動をとるか、あるいはとらないかという議論とは別に、訪問国の文化的規範に合わせることは、トラブルを避けるための基本的なリテラシーだと言えるでしょう。

逮捕の可能性と法律の現実

多くの旅行者が最も懸念するのは「国歌斉唱時に立たないと逮捕されるのか」という点でしょう。

結論から言えば、単に「立ち止まるのを忘れた」「気づかなかった」という程度で、即座に逮捕される可能性は極めて低いと言えます。

しかし、法的な根拠が全くないわけではありません。

1942年に制定された「国家文化法」や関連する大統領令では、国歌に対して敬意を払うことが規定されています。

また、近年では若者を中心とした反政府デモの影響で、国歌や王室に関連する儀式への不服従が政治的な意味を持つケースが増えています。

そのため、警察官の目の前で「意図的かつ挑発的に」座り続けたり、中指を立てるなどの侮辱行為を行ったりした場合は、不敬罪やその他の治安維持法規を根拠に拘束されるリスクがゼロではないと考えられます。

本記事の情報は一般的な傾向を解説したものです。法的な解釈や運用は状況により変化するため、最終的な判断やトラブルの解決については、大使館や弁護士などの専門家にご相談ください。

映画館の曲は国歌ではない

タイの映画館に行ったことがある方は、上映前に全員が起立する儀式を経験したことがあるかもしれません。

ここで流れている曲は、実は国歌(プレーン・チャート)ではなく、「国王賛歌」(プレーン・サンソーン・プラ・バーラミー)です。

この曲が流れる間、スクリーンには国王陛下の公務の様子や映像が映し出されます。

かつては全員起立が絶対的なルールでしたが、近年の社会情勢の変化に伴い、座ったままの観客を見かけることも増えてきました。

しかし、外国人としては周囲の状況を観察し、多くの人が立っている場合はそれに倣うのが無難で、最も敬意を表す行動だと言えます。

国王賛歌と国歌の明確な違い

国歌と国王賛歌は、その目的と曲調において明確に異なります。

この違いを理解しておくと、流れてきた音楽がどちらなのかを即座に判別できるようになります。

国歌(Phleng Chat)

  • タイミング
    毎日8時と18時。
  • 対象
    国家と国民、そして独立。
  • 曲調
    アップテンポで行進曲(マーチ)風。元気で勇ましい雰囲気。
  • 国王賛歌(Sansoen Phra Barami)

国王賛歌(Sansoen Phra Barami)

  • タイミング
    映画の上映前、王室行事。
  • 対象
    国王と王室への賛美。
  • 曲調
    スローテンポで荘厳なオーケストラ調。

国歌が「国民の団結」を鼓舞するものであるのに対し、国王賛歌は「王室への崇敬」を表すものというわけです。

この二つを混同しないことは、タイの社会構造を理解する上で非常に重要です。

スポンサーリンク

タイ国歌の歌詞と歴史の真実

タイ国歌の歌詞と歴史の真実

ここからは、タイ国歌の歌詞に込められた意味や、その成立背景にある歴史について深掘りしていきます。

軽快なメロディーの裏には、独立を守り抜こうとする強い意志が隠されているのです。

歌詞の日本語訳とカタカナ

タイ国歌の歌詞は比較的短く、覚えやすい構成になっています。

以下に、タイ語の読み方(カタカナ)と日本語訳をまとめました。

カタカナ読み(目安)日本語訳(意訳)
プラテート・タイ・ルアム・ルアット・ヌア・チャート・チュア・タイタイ国は、タイ民族の血と肉の結合である
ペン・プラチャー・ラッ・パタイ・コン・タイ・トゥック・スアン人民の国家であり、全ての領土はタイ人のものである
ユー・ダムロン・コン・ワイ・ダイ・タン・ムアンタイ人はその全て(独立)を維持し続けてきた
ドゥアイ・タイ・ルアン・マイ・ラック・サマッキーなぜなら、タイ人は皆、団結を愛するからである
タイ・ニー・ラック・サングップ・テー・トゥン・ロップ・マイ・クラートタイ人は平和を愛するが、戦いとなれば臆することはない
エッカラート・ジャ・マイ・ハイ・クライ・コム・キー独立は、誰にも侵させることはない
サラ・ルアット・トゥック・ヤート・ペン・チャート・プリー一滴の血に至るまで、全てを国家のために捧げる
タレン・プラテート・チャート・タイ・タウィー・ミー・チャイ・チャヨータイ国が永らえ、勝利を得んことを。万歳!

歌詞の意味と単語の解説

歌詞を詳しく見ていくと、いくつかの重要なキーワードが浮かび上がってきます。

例えば冒頭の「血と肉(ルアット・ヌア)」という表現は、国民一人ひとりが国家という生命体の一部であるという有機的な国家観を示唆しています。

また、「プラチャーラッ(人民の国家)」という言葉は、1932年の立憲革命によって主権が国王から国民へと移行したことを象徴する非常に政治的な単語です。

さらに、「平和を愛するが、戦いとなれば臆さない」というフレーズからは、列強諸国の植民地支配を受けずに独立を守り抜いたタイの「防衛的ナショナリズム」とプライドが読み取れます。

単なる愛国の歌ではなく、自分たちの土地と権利を自らの手で守るという決意表明であると言えますね。

作曲者がドイツ人である理由

興味深いことに、この非常にタイ的な国歌のメロディーを作曲したのは、ドイツ人の父を持つ「ピーター・ファイト(タイ名:プラ・ジェーン・ドゥリヤーン)」という人物です。

彼は王室音楽顧問を務め、タイに西洋音楽を導入したパイオニアでした。

1932年の革命直後、新政府から「新しい国歌を作れ」という命令を受け、わずか数日でこの曲を書き上げたと伝えられています。

そのため、タイ国歌は伝統的なタイ音楽の旋律ではなく、ベートーヴェンやブラームスを彷彿とさせる西洋的な「長調のマーチ」となっています。

これは、タイが近代国家として西洋列強と対等な立場にあることを音楽を通じて示そうとした試みだったとも考えられます。

歴史的背景と歌詞の変遷

現在の国歌の歌詞は、実は最初から存在していたものではありません。

曲が作られた1932年当初は別の歌詞が使われていました。

大きな転換点となったのは1939年です。

当時のピブーンソンクラーム政権が、国名を「シャム(Siam)」から「タイ(Thailand)」に変更したことに伴い、歌詞の中に含まれる国名も書き換える必要が生じました。

そこで歌詞の公募が行われ、現在のルアン・サーラーヌプラパンによるバージョンが採用されたのです。

この歌詞には、当時の軍事政権が推し進めていた「汎タイ主義」や国民統合の意図が色濃く反映されており、多様な民族を「タイ人」という一つの枠組みにまとめ上げる役割を果たしてきました。

タイ国歌を通して文化を学ぶ

タイ国歌を通して文化を学ぶ

タイ国歌について調べることは、単に歌詞やマナーを知ることにとどまらず、1932年の立憲革命から現代に至るまでのタイの激動の歴史に触れることでもあります。

朝夕の8時と6時に街中で立ち止まる人々を見るたび、そこには「独立維持」と「国民統合」という長い物語が存在していることを思い出してみてください。

次にタイを訪れた際は、ただ周りに合わせて立つだけでなく、その歌詞の意味や歴史的背景を噛みしめながら、タイの人々と共にその瞬間を共有してみてはいかがでしょうか。

タイトルとURLをコピーしました