スペイン国歌の歌詞はなぜ無いのか?歴史と背景をわかりやすく解説

スペイン国歌の歌詞はなぜ無いのか?歴史と背景をわかりやすく解説
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サッカーのワールドカップやオリンピックの開会式を見ていると、スペインの選手たちだけが国歌斉唱の場面で口を閉ざしていることに気づくかもしれません。

多くの国が声高らかに歌う中で、なぜ彼らは歌わないのか、あるいは歌詞が存在しないのか、と不思議に思うのは自然なことです。

実はこの沈黙には、スペインという国が抱える長く複雑な歴史や政治的な事情が深く関係しています。

単なる曲の好みではなく、そこには国家としてのあり方そのものが投影されていると言えるでしょう。

この記事を読むと分かること
  • スペイン国歌に公式の歌詞が存在しない歴史的・政治的な理由
  • 国際大会で選手が歌わない背景とブーイングが起きる社会的な事情
  • フランコ独裁時代に強制された歌詞や過去に検討された歌詞の内容
  • 歌詞の代わりにサポーターが合唱する独特の文化や現代の受容のされ方
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歌詞がないスペイン国歌の理由と真実

歌詞がないスペイン国歌の理由と真実

世界中を見渡しても、歌詞を持たない国歌というのは極めてまれな存在です。

ボスニア・ヘルツェゴビナやサンマリノなど、数えるほどしかありませんが、その中でもスペインの事例は特に際立っています。

なぜなら、単に作られていないのではなく、「作ろうとしても作れなかった」という深い葛藤の歴史があるからです。

ここでは、その根本的な理由と、この曲がたどってきた数奇な運命について分析していきます。

なぜ歌詞がない?3つの歴史的背景

スペイン国歌に歌詞がない理由は、主に3つの歴史的・政治的な要因が複雑に絡み合っています。

第一に、この曲がもともと「軍事的な信号」として誕生したことが挙げられます。

建国の精神や革命の物語を語るために作られたフランスの「ラ・マルセイエーズ」などとは異なり、兵士の歩調を合わせる実用的な音楽が出自であるため、言葉を必要としなかったという経緯があります。

第二に、フランコ独裁政権時代のトラウマです。

かつて独裁政権下で使用された歌詞が、特定の政治思想と色濃く結びついていたため、民主化後の現代スペインにおいては、歌詞をつけること自体が「過去の抑圧への回帰」を想起させてしまうというアレルギー反応が根強く残っています。

第三に、国内の多言語・多文化性による合意形成の難しさです。

スペインにはカタルーニャ語やバスク語など、カスティーリャ語(スペイン語)以外の言語を母語とする人々が多く暮らしています。

特定の言語で歌詞を制定することは、他の言語話者からの反発を招きかねず、統一の象徴であるはずの国歌が逆に分断を生む火種になってしまうのです。

選手が歌わないのは愛国心がないから?

国際試合の際、スペインの選手たちが国歌を歌わない姿を見て「愛国心がないのではないか」と誤解する海外メディアや視聴者は少なくありません。

しかし、これは大きな間違いであると言えます。

彼らが歌わないのは、単に「歌うべき公式の歌詞がないから」にすぎません。

実際、F1レーサーのフェルナンド・アロンソやバスケットボールのパウ・ガソルといった国民的英雄たちは、歌詞がなくとも直立不動で敬意を表し、その表情からは深い誇りが見て取れます。

最近では、胸に手を当てたり、空を見上げたりと、それぞれのスタイルで「内面的な愛国心」を表現する方法が定着しています。

彼らにとっての国歌への敬意とは、声に出すことではなく、その旋律を全身で受け止めることにあると解釈できます。

フランコ時代の幻の歌詞と日本語訳

「歌詞がない」と言われるスペイン国歌ですが、かつては事実上の公式歌詞として歌われていた時代がありました。

それは1939年から1975年まで続いたフランコ独裁政権下でのことです。

詩人ホセ・マリア・ペマンが書いた歌詞が採用され、学校教育の現場や映画館などで強制的に歌われていました。

その内容は非常にナショナリスティックで、以下のようなフレーズが含まれていました。

  • 「スペイン万歳!(¡Viva España!)」
  • 「腕を上げよ、スペイン国民の子らよ(Alzad los brazos, hijos del pueblo español)」
  • 「再び蘇るのだ(que vuelve a resurgir)」

特に「腕を上げよ」という部分は、当時のファシスト式の敬礼を直接的に連想させるものでした。

この歌詞は、ある世代のスペイン人にとっては、愛国の歌というよりも、強制と抑圧の記憶と分かちがたく結びついているのです。

だからこそ、現在この歌詞を歌うことはタブー視されており、公の場で口ずさむことは極右的な政治主張と受け取られるリスクがあります。

正式な曲名はマルチャ・レアル

一般的に「スペイン国歌」と呼ばれていますが、正式なタイトルは「Marcha Real(国王行進曲)」といいます。

この名称からも分かるとおり、この曲は「国民(Nation)の歌」というよりも、「王(King)の歌」としての性格を色濃く持っています。

1770年にカルロス3世がこの曲を「名誉行進曲」と定めた際、国王が公の場に現れるときに演奏することが義務付けられました。

つまり、この曲が流れることは「王の到来」を意味していたのです。

19世紀以降、ナショナリズムの台頭とともに国歌としての地位を確立していきましたが、その根底には常に王室との強い結びつきがありました。

これは、共和制を支持する人々がこの曲を拒絶する大きな理由の一つにもなっています。

「我々の歌ではなく、王の歌である」という認識は、250年が経った今も一部の人々の間で消えていないのです。

作曲者不明の軍隊信号が起源

この荘厳なメロディの作者が誰なのか、実は明確には分かっていません。

現在確認されている最古の楽譜は、1761年にマドリードで出版された『スペイン歩兵の横笛とドラムのための軍隊信号命令書』に含まれているものです。

この文書を編纂したのはマヌエル・デ・エスピノサという人物ですが、彼は作曲者ではなく、あくまで既存の軍楽を採譜・整理した人物と考えられています。

当時のタイトルは「Marcha Granadera(擲弾兵の行進曲)」であり、その目的は音楽鑑賞ではなく、兵士たちの行進ペースを統一し、部隊の動きを制御するための「信号音」でした。

日本の「軍艦マーチ」がもともと軍楽として生まれ、後にパチンコ店などで広く親しまれるようになったように、軍事的な機能性を持った曲が、時を経て国民的なシンボルへと変化していく過程は、音楽社会学の観点からも非常に興味深い事例と言えます。

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ブーイングが起きるスペイン国歌の歴史

ブーイングが起きるスペイン国歌の歴史

国歌といえば、国民が一つになって歌うものというイメージがありますが、スペインにおいてはこの曲が「分断の象徴」として機能してしまう場面が多々あります。

特にスタジアムなどでは、演奏中に激しいブーイングが巻き起こることがあり、初めて見る人を驚かせます。

なぜ神聖なはずの国歌に対して、これほどの拒絶反応が示されるのか、その背景にある「国歌戦争」とも呼ぶべき歴史的対立を見ていきましょう。

サッカーの試合でブーイングが起きるわけ

スペインサッカーの国王杯(コパ・デル・レイ)の決勝戦において、国歌演奏中のブーイングはもはや「恒例行事」のようになっています。

特にFCバルセロナ(カタルーニャ州)やアスレティック・ビルバオ(バスク州)といった、独立心の強い地域のクラブが対戦する際、その音量は演奏がかき消されるほどになります。

これは、単に相手チームへのやじなどではありません。

国王が臨席するこの大会において、国歌「Marcha Real」はスペイン中央政府や王室の権威そのものを象徴しています。

したがって、サポーターたちはこの曲に対してブーイングを浴びせることで、中央集権的な体制への抗議と、自分たちの民族的アイデンティティを表明しているのです。

2009年や2015年の決勝戦では、このブーイングが社会問題化し、政治家やメディアを巻き込んだ大論争に発展しました。

彼らにとってブーイングは、ある種の「政治的表現の自由」の行使という側面を持っているのです。

カタルーニャやバスクの強い反発

スペインは「一つの国家」であると同時に、多様な言語と文化を持つ「複数の国(Naciones)」の集合体という側面を持っています。

特にカタルーニャやバスクといった地域では、独自の言語、文化、そして歴史に対する誇りが非常に強く、マドリードを中心とする中央政府の統治に対して歴史的に反発してきました。

これらの地域には、それぞれ独自の「国歌(州歌)」が存在します。

カタルーニャの「Els Segadors(収穫人たち)」や、バスクの「Eusko Abendaren Ereserkia」といった歌です。

地元のサポーターにとって、真に敬意を表すべき歌はこれらの地域アンセムであり、スペイン国歌は「押し付けられた象徴」と映ることがあります。

独自の言語を持つ彼らにとって、言葉のないスペイン国歌は、自分たちの声を代弁してくれない「他者の歌」として響いてしまうのかもしれません。

第二共和政時代のリエゴ賛歌との対立

スペイン国歌の歴史を語る上で避けて通れないのが、ライバル曲である「リエゴ賛歌(Himno de Riego)」の存在です。

1931年に成立した第二共和政下では、「Marcha Real」は廃止され、この軽快で祝祭的な「リエゴ賛歌」が正式な国歌として採用されていました。

「Marcha Real」が王政、保守、カトリック教会を象徴する重厚な曲であるのに対し、「リエゴ賛歌」は自由主義、共和制、進歩主義を象徴する民衆的なメロディを持っています。

スペイン内戦(1936年〜1939年)においては、フランコ率いる反乱軍が「Marcha Real」を、共和国軍が「リエゴ賛歌」を掲げ、文字通り「音楽による戦争」が繰り広げられました。

内戦に勝利したフランコが「Marcha Real」を復権させたことで、「リエゴ賛歌」は敗者の歌となりましたが、現在でも共和制支持者の集会などではこの曲が歌われることがあります。

スペイン国歌の変遷は、そのままスペインの激動の政治史と重なっているのです。

歌詞の代わりにロロロと歌う心理

公式な歌詞がない中で、スペインの人々がどのように国歌を楽しんでいるかというと、非常にユニークな現象が見られます。

それが「Lo Lo Lo(ロ・ロ・ロ)」の大合唱です。

サッカースタジアムやスポーツバーなどで国歌が流れると、サポーターたちはメロディに合わせて「ロ、ロ、ロ、ロ……」と歌います。

一見するとユーモラスにも見えますが、これは社会心理学的にも非常に理にかなった行動と言えます。

歌詞がないという「欠落」を、無意味な音節で埋めることによって、政治的な信条の違い(右派か左派か、王党派か共和派か)を乗り越え、「チームを応援する」という一点において感情を共有できるからです。

「言葉」は意味を限定し分断を生む可能性がありますが、「音」だけの「Lo Lo Lo」は、誰も傷つけずに一体感を生み出すことができる、現代スペインにおける発明と言えるでしょう。

涙で絶賛されたマルタ・サンチェス版

「歌詞がないこと」が定着している一方で、やはり「言葉で愛国心を表現したい」という欲求もスペイン社会には潜在しています。

そのことを象徴する出来事が2018年に起こりました。

人気歌手マルタ・サンチェスがマドリードでのコンサート中に、ピアノの伴奏だけで自作の歌詞をつけた国歌を涙ながらに歌い上げたのです。

「今日、私はあなたに私の色を与える」「赤と黄色、それは私の心の色」と歌う彼女の情熱的なパフォーマンスは、SNSを通じて瞬く間に拡散されました。

当時のラホイ首相が絶賛するなど大きな話題となりましたが、同時に「あまりに感傷的すぎる」「政治利用だ」といった批判も巻き起こりました。

結局、この歌詞が公式化されることはありませんでしたが、この騒動は、国歌に「言葉」を求める人々の情熱と、それが常に論争の火種になってしまう現実を改めて浮き彫りにしました。

沈黙こそがスペイン国歌のアイデンティティ

沈黙こそがスペイン国歌のアイデンティティ

ここまで見てきたように、スペイン国歌「Marcha Real」に歌詞がないことは、歴史的な怠慢でも偶然でもありません。

それは、異なる歴史認識や政治的立場を持つ人々が、辛うじて一つの国家という枠組みの中で共存していくために必要な「緩衝地帯」であると考えられます。

もし、特定の政治思想や言語に基づいた歌詞を無理に制定しようとすれば、ボスニア・ヘルツェゴビナやコソボのように、国内の対立が決定的になりかねません。

誰もが完全に満足する言葉が見つからない以上、沈黙こそが最も雄弁で、最も平和的な解決策なのです。

ブーイングが起きることも、「Lo Lo Lo」と歌うことも含めて、この「言葉なき国歌」は、多様で複雑なスペインという国のありのままの姿を映し出していると言えるでしょう。

本記事の情報は、歴史的資料や一般的な分析に基づいています。正確な法的解釈や最新の公式情報については、スペイン政府の公式サイトや専門家の見解をご参照ください。

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