韓国の国歌「愛国歌」の意味と歴史|怖い噂や親日論争の真相を解説

韓国の国歌「愛国歌」の意味と歴史|怖い噂や親日論争の真相を解説
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オリンピックやワールドカップなどの国際大会、あるいはドラマのワンシーンで耳にする韓国の国歌について、その歌詞の意味やカタカナでの読み方を詳しく知りたいと考える方は多いと言えます。

また、北朝鮮の国歌との違いやインターネット上で囁かれる怖いという噂、作者を巡る親日論争など、楽曲の背景にある複雑な歴史的経緯に関心を寄せる方も少なくありません。

このメロディには、単なる国の象徴という枠を超え、激動の時代を生きた人々の想いが色濃く反映されていると分析できます。

この記事を読むと分かること
  • 韓国の国歌「愛国歌」の歌詞に込められた意味と歴史的背景
  • 当初は「蛍の光」のメロディで歌われていたという意外な事実
  • 作曲者や作詞者を巡って現在も続く論争や疑惑の真相
  • 現代韓国社会における国歌の扱いと著作権に関する経緯
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韓国の国歌「愛国歌」の歴史と歌詞の意味

韓国の国歌「愛国歌」の歴史と歌詞の意味

私たちが普段何気なく耳にしている韓国の国歌ですが、その成立過程には非常にドラマチックな歴史が隠されています。

ここでは、歌詞に込められた精神性や、現在のメロディに至るまでの変遷、そして未だ解明されていない謎について、一つひとつ丁寧に紐解いていきましょう。

愛国歌の歌詞と日本語の意味

韓国の国歌である「愛国歌」は、全4節とリフレイン(繰り返し部分)から構成されています。

歌詞全体を通して、朝鮮半島の美しい自然景観をメタファーとして用いながら、国を愛する心や民族の永続性を歌い上げているのが特徴です。

具体的に見ていくと、1節では「東海(トンヘ)の水と白頭山(ペクトゥサン)が乾きすり減るまで」という表現で、悠久の時間と神の加護による国家の保全を願っています。

ここで登場する「東海」は日本海を、「白頭山」は朝鮮半島北部に位置する聖なる山を指しており、地理的な象徴性が非常に強いと言えます。

2節では「南山の老いた松」が鉄の鎧をまとったように風霜に耐える様子を描き、不屈の気概を表現しています。

3節では「秋の空」の澄み渡る様子から、月のように変わらぬ「一片丹心(誠実な心)」を誓っています。

そして4節では、これらの気象と心を持って、苦楽を共にし、国を愛そうという実践的な決意が語られているのです。

リフレインで繰り返される「無窮花(ムクゲ)三千里 華麗なる山河」というフレーズは特に有名です。

ムクゲは韓国の国花であり、三千里は朝鮮半島全土の長さを表しています。

つまり、半島全域が美しい花で覆われた素晴らしい国であるという、強烈なアイデンティティの主張が読み取れるわけです。

読み方をカタカナで解説

韓国語に馴染みがない方にとって、原語でどのように歌われているのかは気になるところでしょう。

ここでは1節の冒頭部分を中心に、カタカナでの読み方とそのニュアンスについて解説します。

1節の歌い出しは「トンヘムルグァ ペクトゥサニ マゴ タットロク」と聞こえます。

「トンヘ(東海)」や「ペクトゥサン(白頭山)」といった単語は、韓国のニュースや地理の話でも頻繁に登場するため、耳にしたことがある方もいるかもしれません。

また、リフレインの「ムグンファ サムチョルリ」という部分は、非常にリズム感が良く、一度聞くと耳に残る響きを持っています。

近年のK-POPブームの影響もあり、韓国語の響きに親しみを感じる人が増えていますが、国歌の歌詞はやや古風で格式高い言葉遣いが多用されているため、日常会話とは少し異なる重厚な響きがあると言えます。

元は蛍の光のメロディだった

これは意外に知られていない事実ですが、現在の荘厳なオーケストラによるメロディが定着する前、愛国歌はスコットランド民謡である「オールド・ラング・サイン」の旋律に乗せて歌われていました。

日本では「蛍の光」として知られる、あのメロディです。

19世紀末から20世紀初頭にかけて、キリスト教の宣教師たちによって持ち込まれたこの曲は、ヨナ抜き音階と呼ばれるペンタトニックスケール(5音階)に近い構造を持っていました。

これが朝鮮半島の伝統的な音楽感覚と非常に親和性が高かったため、瞬く間に民衆の間に広まったと考えられます。

日本統治時代、独立運動の現場や海外の亡命政府において、人々は「蛍の光」のメロディで「東海の水と白頭山が…」と高らかに歌い、抵抗の精神を鼓舞していました。

つまり、ある時期までは、全く同じメロディでありながら、日本では「卒業と別れの歌」、韓国では「独立と愛国の歌」として歌われていたという、歴史の皮肉とも言える現象が起きていたのです。

本当の作詞者は誰かという謎

愛国歌の歌詞を誰が書いたのかについては、公式には「未詳」とされています。

しかし、歴史学者の間では長年にわたり激しい論争が続いており、主に二人の人物が有力候補として挙げられています。

一人目は、開化派の知識人である尹致昊(ユン・チホ)です。

1908年に発行された歌集に歌詞が掲載されていることや、彼自身の自筆メモが存在することが有力な根拠とされています。

しかし、彼は後に日本統治下で親日活動を行った人物としても知られているため、「親日派が作った歌詞を国歌として認めるわけにはいかない」という国民感情的な反発が、確定を妨げている要因の一つと推測されます。

二人目は、独立運動家の安昌浩(アン・チャンホ)です。

彼が演説中に即興で歌詞の一部を作ったという証言や、普及に尽力した実績から、彼を作詞者と推す声も根強く存在します。

1955年に政府が設置した委員会でも結論は出せず、現在に至るまで「作詞者未詳」のまま歌い継がれているのです。

これは、歴史的事実の解明よりも、政治的な妥当性や国民統合への配慮が優先された結果と言えるかもしれません。

国歌が怖いと感じる理由の真相

「韓国の国歌」を調べると、「怖い」というキーワードが出てくることがあります。

なぜ、国を象徴する歌に対して恐怖を感じる人がいるのでしょうか。

これにはいくつかの要因が考えられます。

まず、音楽的な要因として、愛国歌の一部の演奏や録音において、短調のように聞こえる重厚なアレンジがなされている場合があります。

特に古い録音などは音質も相まって、おどろおどろしい雰囲気に聞こえてしまうことがあるのかもしれません。

次に、歴史的な背景による先入観です。

韓国の近現代史における過酷な試練や、日本との複雑な歴史関係、「恨(ハン)」と呼ばれる特有の情緒文化といった情報が、聴く側の心理に「重苦しさ」や「怖さ」として投影されている可能性も否定できません。

また、北朝鮮の軍事パレードなどの映像と混同し、全体主義的なイメージを重ね合わせて「怖い」と感じているケースもあるでしょう。

しかし、実際の愛国歌は長調(イ長調)で作られており、歌詞の内容も自然賛美と愛国心を歌った普遍的なものです。

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韓国の国歌を巡る論争と現代社会での受容

韓国の国歌を巡る論争と現代社会での受容

愛国歌は、単に過去の遺産として保存されているわけではありません。

現代においても、作曲者の過去や著作権、さらにはスポーツイベントでの歌われ方など、様々な議論や変化の中心にあり続けています。

作曲者安益泰の親日と盗作疑惑

現在の愛国歌のメロディを作曲したのは、指揮者としても活躍した安益泰(アン・イクテ)です。

彼は1936年に「韓国幻想曲」を作曲し、そのフィナーレ部分を愛国歌の旋律としました。

これにより、愛国歌は「蛍の光」のメロディから卒業し、独自の音楽的アイデンティティを獲得したのです。

しかし、近年になって彼の過去が厳しく問われるようになりました。

第二次世界大戦中、ナチス・ドイツ統治下のベルリンで活動していた彼は、満州国の祝賀演奏会で指揮を執るなど、枢軸国側への協力的な活動を行っていた記録が発掘されたのです。

特にその演奏会で披露された「満州国幻想曲」の一部が、愛国歌の旋律と酷似しているという指摘は、韓国社会に大きな衝撃を与えました。

さらに、ブルガリア民謡との類似性も指摘され、盗作疑惑まで浮上しています。

これらの事実は、「親日・親ナチスの音楽家が作った曲を国歌として使い続けるべきか」という深刻な議論を巻き起こしており、国歌交代論が叫ばれる一因ともなっています。

北朝鮮の国歌との決定的な違い

よく混同されがちですが、北朝鮮(朝鮮民主主義人民共和国)の国歌も、タイトルは同じく「愛国歌」です。

しかし、歌詞もメロディも全くの別物です。

北朝鮮の愛国歌は1947年に制定され、「朝は輝けり」という歌い出しで始まります。

韓国の愛国歌が「白頭山」や「東海」といった自然の永続性を情緒的に歌うのに対し、北朝鮮のそれは「燦爛たる文化」「資源」「知恵」といった言葉を用い、社会主義建設への意欲や国土の豊かさを唯物論的に称揚する傾向が強いと分析できます。

共通しているのは、両者ともに「三千里」という言葉を使い、朝鮮半島全域を自国の領土として意識している点です。

しかし、その根底にあるイデオロギーは水と油ほどに異なり、二つの「愛国歌」は分断された国家の現実を象徴していると言えるでしょう。

2002年W杯と応援歌への変化

かつて、愛国歌は厳粛な式典で直立不動の姿勢で歌うものでした。

しかし、そのイメージを劇的に変えたのが、2002年の日韓ワールドカップです。

この時、ロックバンドによる愛国歌のアレンジバージョンが登場し、若者たちを中心に爆発的な人気を博しました。

スタジアムを埋め尽くしたサポーターたちが、肩を組み、声を張り上げて愛国歌を歌う姿は、国歌が「権威の象徴」から「熱狂と連帯のツール」へと変化した瞬間でした。

これを機に、愛国歌はより大衆的で親しみやすい存在となり、現代的なナショナリズムの表現手段として定着していきました。

これは、伝統を守りつつも新しい文化を柔軟に取り入れる、現代韓国社会のダイナミズムを表していると言えます。

著作権が政府に寄贈された経緯

国歌に著作権が存在するのか、という点は多くの人が疑問に思うところでしょう。

実は、愛国歌には2005年まで著作権が存在していました。

作曲者である安益泰が1965年に亡くなった後、その権利はスペインに住む遺族が管理していたのです。

そのため、韓国内で愛国歌を含むCDを販売したり、携帯電話の着信メロディに使用したりする際には、著作権料を支払わなければならないという奇妙な状況が続いていました。

「自分たちの国歌を歌うのにお金を払うのか」という国民の不満が高まる中、2005年に遺族が権利を韓国政府に無償で寄贈することを決定しました。

これにより、愛国歌は名実ともに国民の共有財産(パブリックドメイン)となりました。

これは、国歌という特殊な著作物が、法的な権利関係を超えて国家のシンボルとして帰属した珍しい事例と言えるでしょう。

以下の記事では、日本の国歌「君が代」の著作権やJASRACとの関係について詳しく解説されています。

著作権という観点から国歌を見ることで、文化的な側面とは異なる法的な位置づけを理解する助けになります。

韓国の国歌を知り、理解を深める

韓国の国歌を知り、理解を深める

韓国の国歌「愛国歌」について、その歴史や歌詞の意味、そして背後にある論争について見てきました。

この歌は、単なる美しいメロディであるだけでなく、植民地支配、独立運動、南北分断、そして民主化と経済発展という、激動の近現代史を映し出す鏡のような存在です。

私たちがニュースやスポーツの試合でこの曲を耳にする時、その裏側にある「恨(ハン)」と「情(チョン)」、そして未来への渇望が入り混じった複雑な物語に思いを馳せてみるのも良いかもしれません。

そうすることで、隣国である韓国という国の精神性や文化を、より深く立体的に理解することができるはずです。

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