ロシア国歌について調べようとすると、その荘厳なメロディーだけでなく、歌詞の意味や和訳、そして複雑な歴史的背景に行き着くことでしょう。
ソ連時代からの変遷や、近年のオリンピックにおけるドーピング問題による影響、さらにはインターネット上で「怖い」と囁かれる理由など、気になるトピックは尽きません。
この記事では、ロシア国歌の歌詞のカタカナ読みから、代わりの曲として採用されたチャイコフスキーの楽曲に関する事情まで、多角的に分析していきます。
- ロシア国歌の歌詞に込められた意味と日本語訳
- ソ連時代から現在に至るまでの国歌の歴史的変遷
- オリンピックで国歌が流れない理由と代替曲の背景
- インターネット上で怖いと言われる心理的な要因
歌詞と意味から知るロシア国歌の全貌

ロシア国歌は、単なる国のシンボルという枠を超え、ロシアという国家のアイデンティティそのものを映し出す鏡のような存在と言えますね。
ここでは、多くの人が関心を寄せる歌詞の詳細な意味や、実際に歌うための発音、そしてその言葉の裏に隠された歴史的な背景について深掘りしていきます。
ロシア国歌の歌詞と和訳を徹底解説
ロシア国歌(ロシア連邦国歌)の歌詞は、広大な国土と悠久の歴史、そして国家への深い忠誠心を歌い上げています。
現在の歌詞は2000年に制定されたもので、ソビエト連邦時代の歌詞とは異なり、イデオロギー色を排して伝統的な価値観を重視した内容になっています。
1番
まず冒頭では、国家の神聖さと国民の愛が強調されます。
「ロシア、我らが聖なる国家よ、ロシア、我らが愛する国よ」という呼びかけから始まり、「強大なる意志」と「偉大なる栄光」が、いつの時代もロシアの財産であると宣言しています。
コーラス(サビ)
サビの部分では、多民族国家としての結束が歌われます。
「讃えよ、自由なる我らが祖国、兄弟のごとき諸民族の同盟よ」というフレーズは、広大な領土に住む多様な人々を繋ぐ精神的な支柱です。
そして「父祖より受け継がれし民の英知」を誇りとし、国を讃える内容となっています。
2番
ここでは、地理的な広がりと宗教的な要素が登場します。
「南の海から北極の果てまで」という表現で領土の広大さを示し、「神に守られし、我らが故郷の地よ」と続きます。
ソ連時代には否定されていた「神」という言葉が含まれている点は、現代ロシアの精神的復興を象徴する非常に重要なポイントです。
3番
最後は未来への展望です。
「夢と生活のための広大なる空間」が未来に開かれており、祖国への忠誠が国民に力を与えるとしています。
「昔も、今も、そして未来も、つねに!」と結ぶことで、国家の永遠性を力強く主張しているのです。
歌いやすいカタカナの読み方と発音
ロシア語の響きは日本人には馴染みが薄いかもしれませんが、カタカナで追うことでその雰囲気を感じ取ることができます。
ここでは、特に印象的な1番とサビの部分について、歌いやすい読み方を紹介します。
1番の読み方
ラシヤ スヴィシェンナヤ ナーシャ デルジャーヴァ
(ロシア、我らが聖なる国家)
ラシヤ リュビーマヤ ナーシャ ストラナー
(ロシア、我らが愛する国)
マグーチャヤ ヴォーリャ ヴェリーカヤ スラーヴァ
(強大なる意志、偉大なる栄光)
トヴァヨー ダスタヤーニェ ナ フシェ ヴレメナー
(汝の永遠の財産である)
サビの読み方
スラーフシャ アチェーチェストヴァ ナーシェ スヴァボードナイェ
(讃えよ、自由なる我らが祖国)
ブラツキフ ナロードフ サユース ヴェカヴォイ
(兄弟のごとき諸民族の同盟)
プレドカミ ダンナヤ ムードラスチ ナロードナヤ
(父祖より受け継がれし民の英知)
スラーフシャ ストラナー ムィ ガルディームシャ タボーイ
(讃えよ、祖国を! 我らは汝を誇りとする)
ポイントは、子音を強く発音し、母音を深く響かせることです。
特に「R」の巻き舌や「V」の音を意識すると、よりロシア語らしい重厚な響きに近づくと言えるでしょう。
歌詞の意味に秘められた歴史と伝統
現在の歌詞を作詞したのは、児童文学作家であり詩人のセルゲイ・ミハルコフです。
驚くべきことに、彼はスターリン時代のソ連国歌、ブレジネフ時代の改定ソ連国歌、そして現在のロシア連邦国歌と、同じメロディーに対して3度も歌詞を提供しました。
歌詞の変遷を見ると、その時代のロシアが何を重視していたかが鮮明に見えてきます。
かつては「スターリン」や「レーニンの党」、「共産主義」が讃えられていましたが、現在はそれらが「神」や「父祖の英知」、「神聖な国家」という言葉に置き換わっています。
これは、政治体制が変わっても、国家としての連続性と伝統を守り抜こうとするロシアの強い意志の表れと言えるでしょう。
単なる言葉の書き換えではなく、ロシアという国が混迷を経て、自国の歴史と再び向き合った結果として生まれた歌詞なのです。
ソ連時代の歌詞との詳細な比較については、以下の記事でも深く解説されていますので、興味のある方はぜひ併せてご覧ください。
怖いと感じる理由と威圧感の正体
インターネットの検索候補に「怖い」という言葉が出てくることは珍しくありません。
なぜ多くの人がロシア国歌に恐怖心や威圧感を抱くのでしょうか。
まず挙げられるのは、楽曲そのものが持つ圧倒的な音圧です。
アレクサンドル・アレクサンドロフが作曲したこのメロディーは、力強い金管楽器のファンファーレで始まり、赤軍合唱団に代表されるような、低音が響く男性合唱が重なります。
この重厚長大な響きは、聴く者の本能に訴えかけるような迫力があり、それを「怖い」と感じる人がいるのは無理もありません。
また、映画やゲームなどのポップカルチャーにおいて、この曲が「冷戦時代の敵」「強大な軍事国家」の象徴として使われてきた影響も大きいと考えられます。
雪原を行進する軍隊や、無機質な軍事パレードの映像と共にこの曲が流れることで、無意識のうちに「恐怖」のイメージが刷り込まれているのかもしれません。
ソ連国歌との違いや変更点の詳細
よく「ソ連国歌とロシア国歌は同じなのか?」という疑問を持たれますが、正解は「メロディーは同じだが、歌詞と法的根拠は異なる」です。
1991年のソビエト連邦崩壊後、新生ロシアは当初、ミハイル・グリンカ作曲の『愛国歌』を国歌としていました。
しかし、この曲には歌詞がなく、国民の間で定着しませんでした。
スポーツの国際大会で優勝しても歌うことができず、選手や国民から不満の声が上がっていたのです。
そこで2000年にプーチン大統領(当時)が、国民に馴染み深い旧ソ連国歌のメロディーを復活させることを決断しました。
これには「全体主義への回帰だ」という批判もありましたが、歌詞を完全に新しくすることで、民主的なロシアの象徴として再定義しようとしたわけです。
つまり、現在の国歌は「ソ連の威厳あるメロディー」と「帝政期からの伝統的なロシアの精神」を融合させた、ハイブリッドな存在だと言えますね。
オリンピックにおけるロシア国歌の事情

近年のオリンピックを見ていると、「ロシアの選手が金メダルを取ったのに、国歌が流れないのはなぜ?」と不思議に思った方も多いのではないでしょうか。
ここからは、スポーツの祭典の裏側にある政治的な事情と、そこで流れた音楽について解説します。
ドーピング問題で流れない理由とは
ロシア国歌がオリンピックで使用禁止となっている最大の理由は、国家主導のドーピング問題です。
2010年代半ば、ロシアにおいて国家ぐるみで選手のドーピング検査データを改ざんしたり、検体をすり替えたりしていたことが発覚しました。
世界反ドーピング機関(WADA)の調査報告を受け、スポーツ仲裁裁判所(CAS)などの国際機関はロシアに対して厳しい制裁を科しました。
その結果、ロシアは「国家」としてオリンピックに参加することが認められず、潔白が証明された選手のみが「ロシア・オリンピック委員会(ROC)」という中立的な立場で参加することになったのです。
この制裁の一環として、国旗の掲揚とともに国歌の演奏も禁止されました。
表彰式で国歌が流れないのは、ロシアという国家そのものが「スポーツの高潔さを損なった」としてペナルティを受けているからなのです。
オリンピックで使われた代わりの曲
国歌が使えないとなると、金メダル獲得時に流す代替曲が必要になります。
東京2020オリンピックや北京2022冬季オリンピックの表彰式で耳にしたあの優雅なピアノ曲は、ピョートル・チャイコフスキー作曲の『ピアノ協奏曲第1番』の冒頭部分です。
力強いホルンの導入から始まり、ピアノが華麗な和音を奏でるこの曲は、クラシック音楽の中でも屈指の知名度を誇ります。
国歌のような勇ましさとは一味違いますが、その壮大さと美しさは、金メダリストを祝福するのにふさわしい響きを持っていました。
代替曲にチャイコフスキーの理由
当初、ロシア側は国民的な愛国歌である民謡『カチューシャ』を代替曲として提案していました。
しかし、スポーツ仲裁裁判所はこれを却下しました。
『カチューシャ』は第二次世界大戦時のロシア兵の士気を高めた曲としての認知度が高く、ロシアという国家のイメージと結びつきすぎていると判断されたためと推測されます。
そこで選ばれたのがチャイコフスキーです。
彼はロシア出身の作曲家ですが、その作品は「世界共有の文化遺産」として広く愛されています。
特定の政治的メッセージを持たず、かつロシアが誇る芸術性の高さをアピールできる楽曲として、このピアノ協奏曲が採用されたというわけです。
これは、苦しい立場にあったロシアが見せた、一種の文化的なアピールだったとも言えますね。
歴代の国歌変遷とメロディーの謎
ロシアの歴史を振り返ると、体制が変わるたびに国歌もまた激動の運命を辿ってきました。
- 帝政ロシア時代
『神よ、ツァーリを護り給え』 - 革命直後
『労働者のラ・マルセイエーズ』、そして『インターナショナル』。これらは既存の革命歌を流用したものでした。 - ソ連時代(1944年~)
アレクサンドロフ作曲の『ソビエト連邦国歌』制定。 - ソ連崩壊後(1990年~2000年)
グリンカ作曲の『愛国歌』。歌詞なし。 - 現在(2000年~)
アレクサンドロフのメロディーが復活し、新歌詞を採用。
このように、ロシアの国歌は「借り物」であったり「歌詞がなかったり」と、定着するまでに長い時間を要しました。
現在の国歌がこれほどまでに国民に支持され、世界的に認知されているのは、過去のさまざまな試行錯誤があったからこそだと言えるでしょう。
ネットでネタにされる人気の背景
YouTubeやニコニコ動画、TikTokなどの動画サイトでは、ロシア国歌(ソ連国歌)が一種の「ネタ」や「ミーム」として扱われることがあります。
音量が極端に大きいバージョンが作られたり、「私の(My)」ではなく「我々の(Our)」と言い換える共産主義的なジョークと共に使われたりします。
これは、かつての「恐ろしいソ連」というイメージが、現代のネット文化の中では「過剰すぎて面白い」「ある種のかっこよさがある」というエンターテインメントとして消費されていることを示しています。
政治的な文脈を離れ、純粋に音楽的な高揚感を楽しむ若者も多く、ある意味では世界で最も有名な国歌の一つになっていると言えるかもしれません。
まとめ:ロシア国歌が映す国家の姿

ロシア国歌について掘り下げていくと、そこには帝政、革命、ソ連、そして現代ロシアへと続く激動の歴史が凝縮されていることがわかります。
ドーピング問題による制裁でチャイコフスキーが流れるという異例の事態も、国際社会におけるロシアの現状を映し出す鏡のようです。
単なる音楽として聴くだけでなく、その背景にある物語を知ることで、ニュースや国際大会を見る視点が少し変わるかもしれませんね。
本記事の情報は執筆時点の一般的な情報源に基づいています。歴史的解釈には諸説あり、また国際情勢やスポーツのルールは変更される可能性があります。正確な最新情報は公的機関の発表をご確認ください。





