オーストリア国歌に関する情報を検索していると、歌詞や日本語訳の意味を知りたいという純粋な興味はもちろん、名曲エーデルワイスとの関係や、モーツァルトが作曲者であるという説の真偽について気になっている方も多いのではないでしょうか。
また、近年話題になった歌詞の変更や、それに伴う娘たちという言葉の追加、歌手ガバリエによる騒動、さらには名前が似ているオーストラリア国歌との混同やドイツの旧国歌との歴史的な繋がりなど、知れば知るほど興味深いトピックが数多く存在します。
私たちが普段何気なく耳にしている音楽の裏側には、その国の歴史やアイデンティティに関わる深い物語が隠されているといえますね。
- オーストリア国歌の正しい歌詞と日本語訳の意味
- 作曲者がモーツァルトとされる説の真相と本当の作曲者
- 2012年の歌詞変更をめぐる政治的背景と論争
- エーデルワイスやオーストラリア国歌との違い
基礎知識:オーストリア国歌の歌詞と本当の作曲者

ここでは、オーストリア国歌の基本的な情報から、まことしやかに囁かれる作曲者の謎、そしてよくある誤解について整理していきます。
まずは楽曲そのものの魅力と、その成り立ちに隠された事実に迫ってみましょう。
オーストリア国歌の歌詞と日本語訳の意味
現在のオーストリア国歌「Land der Berge, Land am Strome(山岳の国、大河の国)」は、第二次世界大戦後の1947年に制定されました。
この歌詞は、公募によって選ばれた女性詩人、パウラ・フォン・プレラドヴィッチによるものです。
歌詞の内容は、オーストリアの美しい自然景観と、国民の勤勉さ、そして未来への希望を格調高く謳い上げています。
第1番では「山岳の国、大河の国」と地理的な特徴を挙げつつ、「野原の国、大聖堂の国」と続けることで、豊かな自然と歴史ある文化遺産を対比させています。
そして「ハンマーの国」というフレーズが登場しますが、これは戦後の復興と労働の尊さを象徴していると解釈できますね。
また、歌詞全体を通して「平和への誓い」が込められている点も重要です。
かつての大国の野心ではなく、中欧に位置する平和で文化的な国家としての誇りが表現されているのです。
ドイツ語の原文は非常に詩的でリズムが美しく、日本語訳を通してその意味を知ることで、オーストリアという国の戦後の歩みがより鮮明に見えてくるでしょう。
名曲エーデルワイスは国歌ではない
日本でも教科書に掲載されるほど有名な「エーデルワイス」ですが、これをオーストリアの国歌だと思い込んでいる方は非常に多いです。
結論から言うと、これは完全な誤解です。
この誤解の最大の原因は、映画『サウンド・オブ・ミュージック』の影響でしょう。
劇中でトラップ大佐が祖国への愛を込めて歌うこの曲は、あまりにも感動的で、まるでオーストリアに古くから伝わる民謡や第二の国歌であるかのような印象を与えました。
しかし、実際にはこのミュージカルのためにアメリカで作られた、リチャード・ロジャースとオスカー・ハマースタイン2世によるオリジナルの劇中歌なのです。
かつてロナルド・レーガン米大統領がオーストリア大統領を招いた晩餐会で、国歌のつもりでこの曲を演奏させてしまったという逸話もあるほど、この誤解は世界的に広まっています。
もちろん、エーデルワイスの花自体はオーストリアのシンボルの一つですが、国家を代表する歌としてはまったく別のものが存在するのです。
モーツァルトが作曲者という嘘と真実
オーストリア国歌のメロディーは、長年「ヴォルフガング・アマデウス・モーツァルトの最晩年の作品」として紹介されてきました。
観光立国であるオーストリアにとって、「音楽の都ウィーン」を象徴するモーツァルトが国歌を作曲しているというのは、非常に魅力的なストーリーだからです。
政府や観光局の公式見解としては、モーツァルトが死の直前に完成させた『フリーメイソン小カンタータ』(K. 623)の印刷譜に含まれていた「連帯の歌」のメロディーであるとされています。
しかし、近年の音楽学的な研究においては、この説はほぼ否定されているのが実情です。
現在、真の作曲者として最も有力視されているのは、モーツァルトと同じフリーメイソン・ロッジに所属していたヨハン・バプティスト・ホルツァーという人物です。
モーツァルトの自筆譜が存在しないことや、楽曲の構造がモーツァルトのスタイルとは異なることなどがその根拠とされています。
とはいえ、国としては「モーツァルト作」としておく方が都合がよい面もあり、あえて曖昧にされている部分もあるといえますね。
ハイドンから変更された歴史的背景
現在の国歌が制定される前、オーストリアではフランツ・ヨーゼフ・ハイドンが作曲した「皇帝賛歌」のメロディーが国歌として使われていました。
このメロディーは、現在ドイツの国歌として使われているものと同じです。
なぜオーストリアはこの美しいハイドンの旋律を捨てたのでしょうか。
その背景には、第二次世界大戦とナチス・ドイツによる併合(アンシュルス)の歴史が深く関わっています。
戦後、オーストリアが再び独立国家として歩み出す際、ナチス・ドイツによって使われ、侵略の象徴となってしまったこのメロディーを使い続けることは不可能でした。
「ドイツとは異なる独自のオーストリア」というアイデンティティを確立するためには、ドイツを想起させるハイドンの曲を排除し、全く新しいシンボルを打ち立てる必要があったのです。
そこで白羽の矢が立ったのが、モーツァルト(とされる曲)だったというわけです。
オーストラリア国歌との違いと混同
国名が似ていることから、「オーストリア(Austria)」と「オーストラリア(Australia)」が混同されることは頻繁にあります。
これは国歌においても例外ではありません。
F1などの国際スポーツイベントで、オーストリアの選手が優勝したにもかかわらず、誤ってオーストラリアの国歌が流されてしまうというトラブルが過去に何度か発生しています。
特に有名なのが、1977年のF1オーストリアGPでの出来事です。
オーストラリア人ドライバーが優勝した際、主催者側が音源を用意しておらず、地元のバンドが苦し紛れに「ハッピーバースデー」を演奏したという珍事は語り草になっています。
オーストラリアの国歌は「アドヴァンス・オーストラリア・フェア」という全く別の曲です。
こちらは広大な海や大地を讃える内容であり、アルプスの山々を歌うオーストリア国歌とは世界観が大きく異なります。
検索する際は、どちらの国について知りたいのかを明確に区別する必要がありますね。
オーストリア国歌の歌詞変更と現代の論争

国歌は一度定まったら変わらないものと思われがちですが、オーストリアでは21世紀に入ってから歌詞の法的変更が行われました。
ここでは、その変更の内容と、それが引き起こした社会的な波紋について詳しく解説します。
2012年の歌詞変更で何が変わったか
2012年1月1日、オーストリア国歌の歌詞に関する法律が改正され、新しい歌詞が施行されました。
変更の焦点となったのは、第1番にある「偉大なる息子たちの故郷(Heimat bist du großer Söhne)」という部分です。
新しい歌詞では、ここが「偉大なる娘たちと息子たちの故郷(Heimat großer Töchter und Söhne)」と書き換えられました。
同様に第3番の「兄弟の合唱(Brüderchören)」という部分も、「歓喜の合唱(Jubelchören)」に変更されています。
たった数語の変更ですが、リズムや語呂が変わるため、定着するまでには違和感を持つ国民も少なくありませんでした。
政府は新しい歌詞を普及させるために、合唱団による歌唱ビデオを公開するなど、積極的な啓発活動を行いました。
娘たちという言葉が追加された理由
なぜ、長年親しまれてきた歌詞をわざわざ変更する必要があったのでしょうか。
その最大の理由は「ジェンダー平等」の推進です。
ドイツ語には文法的な性があり、伝統的には男性形が男女を含む全体を指すとされてきました。
しかし、フェミニズム運動の高まりと共に、「言葉の上でも女性を可視化すべきだ」という議論が活発化しました。
「息子たち」だけでは女性が含まれていないという批判に対し、政治的な決断として「娘たち」を追加することで、現代オーストリアが男女平等を重んじる国であることを明確に示したのです。
これは単なる言葉遊びではなく、国家の価値観をアップデートするという強い意志の表れであると言えます。
ガバリエによる斉唱拒否騒動の真相
この歌詞変更は、すべての国民に諸手を挙げて歓迎されたわけではありません。
特に保守層や伝統を重んじる人々からは強い反発がありました。
その象徴的な出来事が、人気歌手アンドレアス・ガバリエによる騒動です。
2014年のF1オーストリアGPで国歌独唱を任されたガバリエは、全世界への中継の中で、法律で定められた新歌詞ではなく、あえて旧歌詞の「偉大なる息子たち」を歌い上げました。
Hymne Andreas Gabalier, Formel 1 Red Bull Ring, F1 Formula One Großer Preis von Österreich
彼は後に「私にとっては旧バージョンのほうが音楽的に調和が取れている」「伝統を尊重しただけだ」と主張しましたが、これはリベラル層や女性団体からの激しい批判を浴びることになりました。
一方で、彼の行動を「勇気ある抵抗」として支持する声も多く、この騒動はオーストリア国内の「都市部のリベラル」と「地方の保守」という分断を浮き彫りにする事件となりました。
スポーツ大会で違う曲が流れた事件
オーストリア国歌そのものの話ではありませんが、近年のスポーツ界では国歌の取り違えがニュースになることがあります。
オーストリアで開催されたバイアスロン世界選手権では、優勝したロシアチームに対して誤った国歌(歌詞のない旧国歌)が流され、選手たちがアカペラで正しい国歌を歌うという事態が発生しました。
Полная церемония награждения Сборная России спели Гимн!!! ГИМН ПЕРЕПУТАЛИ!
また、新体操の世界選手権では、ドイツ代表の選手に対して誤ってジョージア(グルジア)の国歌が流れるミスもありました。
2025 Rhythmic Gymnastics World Championships All Around Medal Ceremony with the Wrong Anthem
デジタル化が進んだ現代でも、運営側の知識不足やヒューマンエラーによって、国歌という国家の尊厳に関わる部分でトラブルが起きることは珍しくありません。
こうした事例は、国歌がいかにその国の人々にとって敏感で重要なシンボルであるかを再認識させてくれます。
オーストリア国歌が映す国のアイデンティティ

オーストリア国歌「山岳の国、大河の国」について深く掘り下げていくと、この曲が単なる音楽作品以上の意味を持っていることがわかります。
ハプスブルク帝国の崩壊、ナチスとの過去の清算、そして現代のジェンダー平等やポリティカル・コレクトネスへの対応。
国歌の変遷やそれにまつわる論争は、オーストリアという国が歴史の中でどのように自己を定義し、どのような国家を目指そうとしているのかを映し出す鏡のような存在です。
国歌の背後にあるこうした重層的な物語を知ることで、オーストリアという国への理解をより一層深めていただければ幸いです。
本記事で紹介した歴史的背景や法的解釈については諸説存在する場合があります。正確な情報は公的機関の公式サイト等をご確認ください。






