フィリピンという国に対して、陽気で開放的なイメージを持つ方は多いでしょう。
しかし、そのフィリピンの国歌である「ルパン・ヒニラング」について深く調べてみると、意外なほど厳格な法律や、歌詞に込められた「死」をも厭わない情熱的な歴史が見えてきます。
旅行やビジネスで現地を訪れる際に、国歌斉唱の場面でどのように振る舞うべきか、あるいはその歌詞の日本語訳や意味がどのような背景を持っているのか、気になっている方もいるのではないでしょうか。
この記事では、フィリピン国歌に関する歴史的背景や、違反すると罰せられる可能性のある法律上のルールについて、詳しく紐解いていきます。
- 正式な曲名「ルパン・ヒニラング」の意味と歌詞の日本語訳
- 植民地支配からの独立と革命がもたらした国歌誕生の歴史
- 国歌斉唱時に違反すると罰金や禁錮刑が科される法律のルール
- 現代における歌詞の変更論争と「死ぬ」という言葉の背景
フィリピン国歌の歌詞や意味を解説

フィリピンの国歌は、単なる儀式的な音楽という枠を超え、この国が歩んできた激動の歴史そのものを体現していると言えますね。
まずは、歌詞に込められた深いメッセージや、その成り立ちについて、言語的な側面と歴史的な側面から分析していきましょう。
正しい曲名はルパン・ヒニラング
フィリピン国歌の正式名称は「Lupang Hinirang(ルパン・ヒニラング)」です。
これはタガログ語で「選ばれし土地」や「最愛の地」といった意味を持ちます。
現地でも非常によくある誤解として、この曲を「バヤン・マギライ(Bayang Magiliw)」と呼んでしまうケースが見受けられます。
これは歌詞の冒頭が「Bayang magiliw(愛する国よ)」から始まるため、日本の「君が代」のように歌い出しがそのまま曲名だと認識されがちなのですが、正式なタイトルとしては誤りです。
公的な文書や正式な場では、必ず「ルパン・ヒニラング」と表記されます。
この名称には、フィリピンという島国が神や運命によって祝福された特別な場所であるという、国民の誇りが込められていると推測できます。
歌詞の日本語訳とカタカナ
現在、公式に歌われているタガログ語(フィリピノ語)の歌詞は、非常にリズミカルで力強い響きを持っています。
ここでは、その響きを感じられるカタカナ読みと、歌詞が表す直訳的な意味をご紹介します。
第1節
- 読み
バヤン マギライ、ペルラス ナン シラガナン - 意味
愛する国よ、東洋の真珠よ - 読み
アラブ ナン プソ、サ ディブディブ モイ ブハイ - 意味
心の炎は、あなたの胸の中で燃え生きている
第2節
- 読み
ルパン ヒニラング、ドゥヤン カ ナン マギティング - 意味
選ばれし土地よ、あなたは勇者のゆりかごだ - 読み
サ マンルルピグ、ディ カ パシシイル - 意味
征服者たちに、あなたが屈することは決してない
第3節
- 読み
サ ダガット アット ブンドック、サ シモイ アット サ ランギット モング ブガオ - 意味
海にも山にも、風にもあなたの青い空にも - 読み
メイ ディラグ アン トゥラ、アット アウィット サ パグライヤン ミナマハル - 意味
詩の輝きがあり、愛する自由への歌がある
第4節
- 読み
アン キスラップ ナン ワタワット モイ、タグンプライ ナ ナグニニングニング - 意味
あなたの国旗の輝きは、勝利のきらめきだ - 読み
アン ビトゥイン アット アラウ ニヤ、カイラン パ マイ ディ マグディディリム - 意味
その星と太陽は、これからも決して消えることはない
結び
- 読み
ルパ ナン アラウ、ナン ルワルハティット パグシンタ - 意味
太陽の地よ、栄光と愛の地よ - 読み
ブハイ ア イ ランギット サ ピリング モ - 意味
あなたの腕の中で生きることは、天国にいるようだ - 読み
アミング リガヤ、ナ パグ メイ マンアアピ - 意味
私たちの喜びは、もし抑圧者が現れたならば - 読み
アン ママタイ ナン ダヒル サ イヨ - 意味
あなたのために死ぬことだ
歌詞に込められた深い意味
この歌詞を読み解くと、単なる郷土愛だけでなく、強烈な「抵抗の意志」が貫かれていることに気づきます。
「東洋の真珠」という美しい自然賛美から始まり、「勇者のゆりかご」として過去の英雄たちを称え、そして「征服者には屈しない」と宣言しています。
ここには、スペイン、アメリカ、そして日本という大国の支配下に置かれた長い歴史の中で、自由を求め続けたフィリピンの人々の魂が刻まれていると言えるでしょう。
美しい海や山そのものが「自由」を歌っているという表現は、フィリピン人にとって国土と自由が不可分なものであることを示唆しています。
独立革命と国歌誕生の歴史
この国歌が生まれた背景には、1898年の対スペインの独立革命があります。
革命軍を率いたエミリオ・アギナルド将軍が、独立宣言の式典に向けて、人々の心を奮い立たせるような楽曲を求めたことがきっかけでした。
作曲を依頼されたのは、ジュリアン・フェリペという音楽家です。
彼は「ラ・マルセイエーズ(フランス国歌)」や「アイーダの凱旋行進曲」など、ヨーロッパの勇壮な音楽からインスピレーションを得て、わずか数日で曲を書き上げたとされています。
興味深いのは、1898年6月12日の独立宣言で初めて演奏された際、この曲にはまだ歌詞が存在しなかったという点です。
当時は「マルチャ・ナシオナル・フィリピナ(フィリピン民族行進曲)」というインストゥルメンタル曲として、高揚感と情熱を旋律だけで表現していました。
その後、スペイン語の詩がつけられ、アメリカ統治下での英語翻訳を経て、戦後のナショナリズムの高まりと共に現在のタガログ語版が定着したのです。
「死ぬ」という歌詞の背景
フィリピン国歌の中で最も議論を呼び、かつ最も強烈な印象を残すのが、最後のフレーズ「Ang mamatay nang dahil sa iyo(あなたのために死ぬ)」です。
平和な現代において「国のために死ぬ」という表現は過激に聞こえるかもしれません。
しかし、この歌詞の原型が作られたのは、まさに独立戦争の真っ只中です。
詩人ホセ・パルマがスペイン語で原詩を書いた際、そこにはホセ・リサールのような国民的英雄が処刑され、多くの若者が戦場で命を落としていった現実がありました。
この「死」は、単なる敗北や絶望ではなく、自由を守るための究極の犠牲、すなわち「殉教」として神聖視されています。
カトリック教徒が多いフィリピンにおいて、愛するもの(国家)のために命を捧げることは、最大の愛の証明であるという宗教的な価値観も影響していると考えられます。
フィリピン国歌のルールと法律

フィリピン国歌は、その歴史的重みゆえに、法律によって非常に厳格に守られています。
日本ではあまり馴染みがありませんが、国歌に対する振る舞いが法律で細かく規定されており、違反すれば実際に逮捕や罰則の対象となるのです。
ここからは、現地でトラブルに巻き込まれないための重要な知識を解説します。
法律違反には厳しい罰則がある
フィリピンには「共和国法第8491号(国旗・国歌・紋章法)」という法律が存在し、国歌の扱いについて詳細に定めています。
この法律は決して形式的なものではなく、違反者には以下のような罰則が規定されています。
- 罰金
5,000ペソから20,000ペソ(日本円で約1万数千円〜5万円程度) - 禁錮
1年以下 - その他
新聞紙上での公開謝罪など
例えば、国歌が演奏されている最中にふざけたり、意図的に無視して歩き続けたりすることは、侮辱行為とみなされる可能性があります。
また、歌詞を勝手に変えて歌ったり、ジャズやロック風にアレンジして演奏したりすることも、この法律によって禁止されています。
ここで紹介する罰則や法律の内容は一般的な情報です。法改正や状況によって運用が変わる可能性があるため、正確な情報は現地の公式サイト等をご確認ください。
歌う時の正しい姿勢とマナー
では、具体的にどのような振る舞いが求められるのでしょうか。
法律および一般的なマナーとして、以下の点が重要視されています。
- 起立(Standing at Attention)
国歌の最初の音が聞こえたら、即座にすべての動作を止め、直立不動の姿勢をとります。映画館の上映前や、公共の場での掲揚時など、どのような状況でも起立が義務です。 - 敬意の表現
フィリピン市民は、右の手のひらを開いて左胸(心臓の位置)に当てて歌います。外国人にはこの義務はありませんが、気をつけの姿勢で敬意を表して起立することが求められます。もちろん、現地の方に倣って胸に手を当てても問題はなく、むしろ好意的に受け取られることが多いでしょう。 - 注視
国旗がある場合は国旗を、ない場合は音楽が流れてくる方向を向きます。
動画で見る歌い方の論争
法律で「ジュリアン・フェリペのオリジナルの編曲(2/4拍子のマーチテンポ)に従わなければならない」と定められているにもかかわらず、過去には有名歌手が独自のアレンジで国歌を独唱し、問題になったケースがあります。
有名なのは、プロボクサーのマニー・パッキャオの試合で、歌手のマルティン・ニエベラが国歌をスローバラード調で歌い上げた事例です。
martin nievera sings lupang hinirang pacquiao vs hatton
彼は感情を込めて歌いましたが、国立歴史研究所から「法律違反である」との警告を受けました。
フィリピンでは、国歌はアーティストが個性を発揮する場ではなく、国民の統一されたアイデンティティを確認する神聖な儀式であるという認識が強いのです。
歌詞変更の議論と提案
一方で、現代の価値観に合わせて歌詞を変えるべきだという議論も存在します。
特に問題視されるのが、やはり最後の「あなたのために死ぬ(Ang mamatay nang dahil sa iyo)」の部分です。
ミュージシャンのジョーイ・アヤラなどは、「死ぬこと」よりも「愛すること」を強調すべきだとして、最後の行を「あなたのために愛する(Ang magmahal nang dahil sa iyo)」に変える提案をしました。
また、彼はマーチテンポではなく、よりゆったりとしたリズムの方が歌詞の意味が伝わりやすいとも主張しています。
しかし、歌詞の変更には法律の改正だけでなく、場合によっては憲法に関わる手続きが必要となるため、実現には高いハードルがあります。
伝統を守るべきか、時代に合わせるべきか、この議論は今も続いています。
フィリピン国歌への敬意と理解

フィリピン国歌「ルパン・ヒニラング」は、独立を勝ち取るための血と涙の歴史、そして国家としての誇りが凝縮された楽曲です。
私たち外国人がフィリピンを訪れる際、この歌に対して敬意を払うことは、フィリピンの人々とその歴史へのリスペクトを示すことに他なりません。
もし現地で国歌を耳にする機会があれば、一度立ち止まり、その旋律と周囲の人々の姿に心を寄せてみてはいかがでしょうか。
それは、この国の文化をより深く理解する貴重な体験になるはずです。




