オランダの国歌について調べてみると、歌詞の意味や和訳だけでなく、なぜドイツの血について歌っているのか、あるいは敵対していたはずのスペインの王を敬う内容が含まれているのかといった歴史的な謎に突き当たることがあります。
F1グランプリの表彰台でマックス・フェルスタッペンの活躍とともに耳にする機会が増えたこの曲ですが、実は世界最古の国歌としてギネスに認定されていることをご存知でしょうか。
カタカナで歌えるようになりたいという方や、歌詞が怖いと言われる背景にある真実を知りたい方に向けて、この記事ではオランダ国歌の魅力を余すところなくお伝えしていきます。
- 世界最古の国歌としてギネス認定された背景と日本の君が代との違い
- 歌詞に含まれるドイツの血やスペイン王への敬意といった矛盾の真相
- 歌詞に隠されたアクロスティックという暗号やメロディの意外な起源
- F1やサッカーなど現代のスポーツシーンにおける国歌の受容と楽しみ方
世界最古であるオランダ国歌の歴史と真実

オランダ国歌「Het Wilhelmus(ヘット・ウィルヘルムス)」は、単なる儀式的な音楽ではなく、16世紀の激動するヨーロッパ史を映し出す鏡のような存在です。
ここでは、なぜこの曲が世界最古と呼ばれるのか、その定義に関する議論や、旋律や歌詞に秘められた驚くべき成立過程について深掘りしていきます。
歴史を知ることで、この曲の響きが全く違ったものに聞こえてくるはずです。
ギネス認定された世界最古の国歌
「世界で最も古い国歌は何か」という問いに対し、ギネス世界記録はオランダの「ヘット・ウィルヘルムス」を認定しています。
この曲の起源は、1568年から1572年頃のオランダ独立戦争(八十年戦争)初期にまで遡るとされています。
ここで重要なのは、「国歌」という概念自体が19世紀以降に広まったものであるという点です。
オランダ政府が公式に国歌として制定したのは1932年と比較的最近のことですが、歌詞と旋律がセットで成立し、国民の間で広く歌われ続けてきた歴史の長さにおいて、他国の追随を許さない実績があるのです。
450年以上もの間、形を変えずに歌い継がれてきたという事実は、オランダという国のアイデンティティがいかに強固であるかを物語っていますね。
日本の君が代とオランダ国歌の違い
「最古の国歌」と聞くと、私たち日本人は「君が代」を思い浮かべるかもしれません。
確かに、君が代の歌詞は9世紀の『古今和歌集』に由来しており、歌詞の起源だけで見れば世界最古と言えます。
しかし、現在私たちが歌っている旋律が付けられたのは明治時代(1880年)のことです。
一方、オランダ国歌は16世紀の時点で、現在とほぼ同じ歌詞と旋律の組み合わせで歌われていました。
つまり、「歌詞とメロディが一体となった楽曲」としての歴史の長さにおいて、オランダ国歌は世界最古の地位を確立していると推測されます。
このように、定義によって「最古」の意味合いが変わってくるのは非常に興味深いポイントです。
替え歌から生まれた国歌の旋律
実は、「ヘット・ウィルヘルムス」の荘厳なメロディには、意外なルーツがあります。
音楽学的な調査によると、この旋律は元々、1568年のフランス宗教戦争における「シャルトル包囲戦」で歌われていたフランス語の歌に由来しています。
驚くべきことに、その原曲はプロテスタント軍の敗北をカトリック側が嘲笑する内容でした。
オランダの反乱軍は、敵であるカトリック側の嘲笑歌のメロディをあえて借用し、そこに自分たちの指導者を称える歌詞を乗せることで、痛烈な皮肉として打ち返したのです。
この「コントラファクトゥム(替え歌)」という手法は当時一般的でしたが、国歌の起源が敵を出し抜くためのパロディ精神にあったというのは、オランダ人のしたたかさを感じさせますね。
歌詞に隠されたウィレム公の暗号
「ヘット・ウィルヘルムス」の歌詞は全15節からなりますが、ここには非常に高度な文学的仕掛けが施されています。
各節(スタンザ)の冒頭の文字を順につなげていくと、ある言葉が浮かび上がってくるのです。
- Wilhelmus…
- In Godes…
- Lijdt U…
- Lijf ende…
- Edel en…
- Mijn schilt…
このように、第1節から第15節までの頭文字を繋げると、「WILLEM VAN NASSOV(ウィレム・ファン・ナッソウ)」という、オランダ独立の父でありオラニエ公ウィレム1世の名前になります。
これは「アクロスティック(折句)」と呼ばれる技法で、兵士たちが歌詞を覚えるための記憶術としても機能したと考えられます。
単なる歌ではなく、リーダーの名前を刻み込んだ「署名」のような役割も果たしていたわけです。
ドイツの血という歌詞の本当の意味
第1節の歌詞にある「Ben ick van Duytschen bloed(私はドイツの血を引く者です)」というフレーズは、多くの日本人にとって疑問の種となる部分です。
「なぜオランダの国歌でドイツ人だと名乗るのか?」と不思議に思うのは当然ですね。
しかし、16世紀当時の「Duytschen(Duits)」という言葉は、現在の国名としての「ドイツ」だけを指すものではありませんでした。
これは「民衆の言葉を話す人々」、つまり広い意味でのオランダ語圏や低地ドイツ語圏の人々全体を指す言葉でした。
また、ウィレム1世自身が現在のドイツにあるナッサウ=ディレンブルクの出身であることも事実です。
したがって、この歌詞は「外国の血を引く」という排他的な意味ではなく、「私はこの地域の民衆と同じ言葉を話す同胞である」という連帯感の表明として解釈するのが適切だと言えます。
複雑なオランダ国歌の歌詞と現代の受容

オランダ国歌が持つ魅力は、その歴史的背景だけではありません。
現代のスポーツイベントや王室の行事においても、この歌は重要な役割を果たしています。
ここでは、一見矛盾しているように見える歌詞の深い意味や、F1などの現代的なシーンでどのように受け入れられているのかについて解説します。
敵のスペイン王を敬う理由と和訳
第1節の最後には、「Den Koning van Hispanje / Heb ick altijt gheeert(スペインの王を、私は常に敬ってきた)」という一節が登場します。
独立戦争の相手であるスペイン王フェリペ2世に、なぜ敬意を払うのでしょうか。
これには、当時の「王権神授説」に基づく倫理観が関係しています。
ウィレム公は「私は王に逆らう反逆者ではない」という立場を強調しました。
「王そのものは正しいが、王の周りにいる悪しき家臣たちが暴虐を行っているのだ」という論理を展開することで、反乱の正当性を主張したのです。
つまり、この歌詞は「王への忠誠心」と「神への信仰心・民衆を守る義務」の間で引き裂かれる苦悩と、それでも戦わらざるを得ないという悲劇的な決意を表していると言えます。
国歌の歌詞が怖いとされる背景
オランダ国歌について検索すると「怖い」というキーワードが出てくることがありますが、これは歌詞に含まれる重厚な宗教観や自己犠牲の精神に由来すると考えられます。
特に第6節では、「私の盾であり信頼するのは、主なる神、あなただけです」と歌い、「私の心を傷つける暴虐を追い払ってください」と神に祈ります。
第二次世界大戦中、ナチス・ドイツの占領下にあったオランダ国民は、この第6節を好んで歌いました。
「暴虐」という言葉に、かつてのスペインだけでなく眼前のナチスを重ね合わせ、命がけの抵抗のシンボルとしたのです。
このように、国歌が極限状態における精神的支柱として機能してきた歴史の重みが、現代の私たちに畏怖の念、あるいは「怖さ」のようなものを感じさせるのかもしれません。
歌えるようにカタカナで解説
オランダ国歌を実際に口ずさんでみたいという方のために、最も有名な第1節の歌詞をカタカナ表記と共に紹介します。
オランダ語の発音は独特ですが、雰囲気を感じ取ってみてください。
第1節
Wilhelmus van Nassouwe
(ウィルヘルムス ファン ナッソウウェ)
Ben ick van Duytschen bloed,
(ベン イック ファン ダウツェン ブルート)
Den Vaderland ghetrouwe
(デン ヴァーデルラント ヘトゥラウウェ)
Blijf ick tot in den doet.
(ブレイフ イック トット イン デン ドゥート)
Een Prince van Oranje
(エン プリンセ ファン オランイェ)
Ben ick, vrij onverveert,
(ベン イック ヴライ オンフェルフェート)
Den Coninck van Hispangien
(デン コーニンク ファン ヒスパンイェン)
Heb ick altijt gheeert.
(ヘップ イック アルテイト ヘイェート)
意訳
私、ナッサウのウィルヘルムスは
オランダ(民衆)の血を引く者である
祖国への忠誠を
死に至るまで誓い続けよう
オラニエの公として
私は自由であり、恐れを知らない
スペインの王を
私は常に敬い奉ってきた
F1表彰台で流れる国歌への注目
近年、オランダ国歌を耳にする機会が激増している最大の要因は、F1ドライバー、マックス・フェルスタッペンの活躍でしょう。
彼が優勝するたびに表彰台で「ヘット・ウィルヘルムス」が演奏され、世界中のモータースポーツファンにとって馴染み深いメロディとなりました。
特にオランダGPが開催されるザントフォールト・サーキットでは、10万人を超える「オレンジ軍団」と呼ばれるファンたちが、レース前に大合唱を行います。
厳かな国歌が、現代のスポーツの熱狂の中で地響きのように鳴り響く光景は圧巻です。
フェルスタッペン自身も「国歌を聴くと鳥肌が立つ」と語っており、この曲が国民を一つにする強力なツールであることを再認識させてくれます。
オランダ国歌を知り観戦を楽しむ

ここまで見てきたように、オランダ国歌には450年以上の歴史と、複雑な政治的・宗教的背景が込められています。
歌詞の意味や、なぜそのメロディなのかという背景を知ることで、F1やサッカーの国際試合でこの曲が流れた時の感動はより一層深まることでしょう。
「ドイツの血」や「スペイン王への敬意」といった一見不可解なフレーズも、当時のウィレム公の苦悩や戦略を知れば、独立を勝ち取るための強い意志の表れであることが理解できます。
次にテレビや現地でこの旋律を耳にした際は、ぜひその背後にある壮大な物語に思いを馳せてみてください。
本記事の情報は歴史的資料に基づきますが、解釈には諸説あります。正確な歴史的事実については専門の文献等も合わせてご確認ください。





