昭和のパチンコホールといえば、店内に響き渡る軍艦マーチの勇ましいメロディを思い浮かべる方も多いのではないでしょうか。
かつてはパチンコといえば、軍艦マーチと言えるほどの定番の組み合わせでしたが、なぜこの楽曲が選ばれたのか、そしていつからホールのBGMとして定着したのかという歴史的背景には、単なる偶然ではない深い理由が存在します。
また、現代のホールからその音が消えつつある背景には、JASRACによる著作権管理や時代の変化に伴う切実な事情が隠されているのです。
この記事では、軍艦マーチが持っていた心理効果から法的な裏側まで、その関係性を多角的にひも解いていきます。
- 軍艦マーチが選ばれた音響心理学的な理由と効果
- パチンコホールにおける楽曲定着の歴史的経緯
- 現代のホールから軍艦マーチが姿を消した法的背景
- 著作権管理や騒音規制が経営に与えた構造的変化
パチンコで軍艦マーチが採用された歴史と理由

かつてのパチンコホールにおいて、なぜこれほどまでに軍艦マーチが流されていたのでしょうか。
そこには、単に「勇ましい曲だから」という理由を超えた、人間の心理や行動に働きかける科学的なメカニズムと、昭和という時代特有の背景が絡み合っていました。
ここでは、その要因を心理学と歴史の両面から分析していきます。
射幸心を高める心理効果とプライミング
パチンコホールで軍艦マーチが多用された最大の理由は、顧客の心理状態を効率的に「勝負モード」へと切り替える機能を持っていたからだと分析できます。
これは心理学でいうプライミング効果と呼ばれる現象で説明がつきます。
本来、軍艦マーチは戦地へ向かう将兵を鼓舞するための楽曲であり、「前進」「闘争」「高揚」といった意味合いが強く込められています。
この曲を聴くことで、私たちの脳内では無意識のうちに「これから戦い(勝負)が始まる」というスイッチが入ります。
スーパーマーケットなどで流れるゆったりとしたBGMが、リラックスさせて滞在時間を延ばすことを目的としているのとは対照的に、軍艦マーチは理性を司る抑制機能を一時的に低下させ、射幸心を煽るための「着火剤」として機能していたと言えるでしょう。
テンポが客の行動と遊技速度に与える影響
楽曲が持つ意味だけでなく、そのリズムやテンポ(BPM)も遊技行動に直接的な影響を与えていたと考えられます。
人間には、外部から聞こえるリズムに無意識に身体の動きを合わせようとする「引き込み現象(エントレインメント)」という特性があります。
軍艦マーチは行進曲であるため、そのテンポは人間が力強く前へ歩く速度と同期するように作られています。
この軽快かつ推進力のあるリズムは、パチンコ台のハンドルを握る手や玉を打ち出すタイミングに干渉し、迷いなく次々と玉を投入させる行動を誘発します。
スローテンポの曲では、思考が働き、冷静な判断を挟む余地が生まれますが、軍艦マーチのテンポは思考のサイクルを短縮し、ホールの回転率を高める上で極めて合理的な選択だったというわけです。
いつからホールの定番曲になったのか
では、具体的にいつから軍艦マーチはパチンコホールの定番となったのでしょうか。
歴史をひも解くと、パチンコが庶民の娯楽として爆発的に普及し始めた昭和20年代後半から30年代にかけて、その定着が進んだことが分かります。
当時のパチンコホールは現在のような防音設備が整っておらず、入り口を開け放って営業するのが一般的でした。
そこで、通りを歩く人々に対して「店が開いている」「活気がある」ことを知らせるための聴覚的な看板、いわゆるソニック・ロゴとして、誰もが知る威勢の良い軍艦マーチが大音量で流されるようになったのです。
昭和5年にレコードが発売され、すでに国民的な知名度を得ていたこの楽曲は、集客装置としても最適だったと言えますね。
戦時歌謡としての意味と戦後の変遷
興味深いのは、かつて神聖な海軍の象徴であった楽曲が、戦後になって大衆娯楽のBGMへと転用されたという文化的変遷です。
戦前・戦中において、軍艦マーチは国家の威信と結びついた「聖なる行進曲」でした。
しかし、敗戦とGHQによる占領を経て、軍国主義的な価値観が解体される中で、この曲はその軽快なメロディゆえに生き残りました。
そして、かつての厳格な意味合いが薄れるとともに、パチンコホールという「俗」な空間へとその居場所を移していったのです。
この「聖から俗へ」という劇的な転落、あるいは転身こそが、戦後日本の混沌とした復興エネルギーを象徴しているとも言えます。
なぜ他の流行歌ではなくマーチだったのか
昭和の時代には数多くの歌謡曲や演歌がヒットしましたが、なぜそれらは軍艦マーチの地位を脅かさなかったのでしょうか。
理由の一つとして、音響工学的な特性が挙げられます。
パチンコホールは、玉がガラスや金属に当たる「ジャラジャラ」という高周波の騒音に常に満たされています。
演歌のようなしっとりとした曲や、歌詞の意味を聴かせる歌謡曲は、この騒音にかき消されてしまいます。
一方、ブラスバンド主体で中高音域がはっきりとした軍艦マーチは、騒音の中でもメロディが埋没しにくく、かつ重低音のクラブミュージックのように長時間聴いても「音酔い」などの疲労感を客に与えにくいという利点がありました。
歌詞の意味よりも、音としての機能性が優先された結果だと考えられます。
パチンコ店から軍艦マーチが消えた現代の事情

かつては全国どこでも聴かれた軍艦マーチですが、現代のパチンコホールで耳にすることは稀になりました。
この変化の背景には、単なるブームの終焉だけでなく、権利関係の厳格化や社会環境の変化といった、ホール経営を取り巻く構造的な要因が大きく関わっています。
JASRACによる著作権管理と演奏権
現代において軍艦マーチが敬遠される大きな理由の一つに、著作権管理の問題があります。
店内で音楽を流す行為は著作権法上の「演奏権」の行使にあたり、原則としてJASRAC(日本音楽著作権協会)などの管理団体へ手続きを行い、使用料を支払う必要があります。
昭和の時代、多くの個人経営店では店主が購入したレコードやカセットテープを勝手に流す「自家演奏」が横行していましたが、コンプライアンスが重視される現代ではそのような運用は許されません。
軍艦マーチの原曲自体の著作権保護期間が満了しているとしても、編曲されたバージョンや特定の音源を使用する場合、依然として権利処理が必要となるケースが多いのです。
著作権に関する詳細な規定や手続きについては、JASRACの公式サイトや専門家にご確認ください。
音楽著作権料が経営に与えるコスト
適法に音楽を流そうとした場合、発生するコストも無視できません。
JASRACの使用料規定では、店舗の面積や利用時間に応じて料金が加算される仕組みになっています。
特に、営業時間中ずっと同じ曲をループ再生し続けるような使い方は、利用時間が膨大になるため、個別に申請すると使用料が高額になる可能性があります。
かつてのように「タダで流せる景気付けの音楽」ではなく、明確なランニングコストとして計上しなければならない現状において、あえて軍艦マーチにこだわる経済的なメリットが薄れてしまったと言えるでしょう。
騒音規制と近隣への配慮による変化
社会的な環境の変化も影響しています。
昔のパチンコ店はドアを開け放ち、大音量で音楽を街中に轟かせて客を呼び込んでいましたが、現在は風営法や各自治体の条例により、店舗からの音漏れに対する規制が非常に厳しくなっています。
「うるさい」という近隣住民からの苦情リスクを避けるため、現代のホールは防音扉を閉ざし、店外への音漏れを極力防ぐ構造になっています。
これにより、軍艦マーチが担っていた「通行人へのアピール」という役割自体が消滅しました。
店内で大音量のマーチを流す必要性が、営業戦略の面からも失われてしまったのです。
有線放送の普及とBGMの現代化
最後に、BGM供給システムの技術的な進化が挙げられます。
現在、多くのパチンコホールではUSENなどの有線放送や、デジタル配信システムを導入しています。
これらはJASRACとの包括的な契約が含まれているため、店舗側が個別に著作権処理をする手間が省けます。
こうした配信システムでは、最新のJ-POPや、若年層に人気のアニメタイアップ機の楽曲が主流です。
清潔で快適な空間づくりが求められる現代のホールにおいて、ターゲット層に合わせた洗練されたBGMが選ばれるのは自然な流れであり、結果として軍艦マーチは「過去の遺物」としてセットリストから外れていったと考えられます。
パチンコと軍艦マーチの関係性に関するまとめ

軍艦マーチとパチンコの結びつきは、単なる懐古趣味だけでは語れない、心理学的な合理性と歴史的な必然性の上に成り立っていました。
それは、戦後の混乱期から高度経済成長期にかけての、熱気と騒音に満ちた「鉄火場」としてのパチンコホールを象徴するアンセムだったと言えます。
現代のクリーンで静音化されたホールからはその姿を消しましたが、当時の人々の心の中には、あの独特の高揚感と昭和の風景が、強烈な記憶として刻まれているのかもしれません。




